2009年 秋 旅ふたたび

 2009年 春。
 例年雪解けとともに始めていた活動が、出来なかった。

 バイクに限らない。写真も、鉄道も。
 全部旅の道具だった。

 全然、ではないのだけれども・・・
 写真のファイル名を見ると、α900の今年の撮影はわずか300枚。仕事でも使うα700ですら1000枚に満たず。α7など1本のフィルムも入れていない。
 鉄道なんて、街まで出る足にしかなっていない。

 DR250Rに至っては、今年すでに2個のバッテリーを買っているという・・・
 さすがに2個目のバッテリーを買ってからは、時々通勤に使うようにしているけども。

 活動できなくなった理由はいろいろ。
 生活環境だったり、経済状況だったり、社会情勢だったり。

 長引く不況で、仕事は暇になった。余暇を過ごす時間は増えたはず。
 結局気持ちの問題なんだろう。


 何とかしないといけない。


 手始めにカメラを持ち歩くようにした。とりあえずデジタルで撮っている以上は金はかからない。
 出来るだけゆっくりと。次に次にではなく、じっくりと。

 バイクも少しずつ。
 バイクの目的と、鉄道撮りをからめればカメラも持って出かけられるなとか。



 2009年 秋。

 通い慣れた道の駅、針TRSは青空。
 Gパンにライディングシューズとジャケット。α700とレンズ2本。

 だがDR250Rのバッテリーが弱っていたり、PLフィルターを忘れてきたり。ヘルメットが短距離用だったり・・・



 行き先は決まっている。いつもなら高速を飛ばして針TRSから3時間少々の道のり。
 だが今日のテーマは、ゆっくりと、じっくりと。

 単一の目的だけでなく、ゆとりを持って。



 紀州の谷を進んでいく。時間があれば大台ヶ原へ写真など撮りに行くのも良いかも・・・ちょっとそこまでは無理だな。それこそ急ぐ旅になってしまうから。



 池原ダムは、初代DR250RSで最初のツーリングをした場所でもあった。
 あれからかれこれ15年。かつての林道は今は通れないけれども。



 まるでダム湖の周回道路にしか見えないが、ここは国道。
 日本三大酷道などと地図には書いてある425号線、その語呂の悪さも相まってしまうが、2日前に通り過ぎたばかりの台風の影響で通れない箇所があると聞き今回のルートからは省いてある。
 いつかは酷道一直線といきたいところだが。紀州の山地にはこんな酷道がいくつもある。そのどれも時間の必要なところばかり、なかなか踏み切れないところだ。



 深い谷底を流れる川の水の色から徐々に土の色が消えてきた。台風の影響が少しづつ遠ざかる。
 そして秋の気配は少しづつやってくる。



 深い谷にいくつかの吊り橋がかかる。1tonまでの車が通れるこの吊り橋、全面がメッシュで下が見えるのはバイクにはあれだねえ・・・



 行けども行けども山が続く。急ぎたくても急げない。ゆっくり行こう、ゆっくりと。



 瀞八丁とよばれるこの流域。
 ジェット船が流れに逆らう。

 乗りたいところだが・・・



 それより行きたいところがあった。



 そしてそれより乗りたいものがあった。

 湯ノ口温泉は、全国でもめずらしいトロッコ電車で行く温泉である。
 別にどうしてもトロッコで行かなくてはいけないわけではなくて、林道も通じている。
 時間を考えれば林道を行くところ。わずか3kmの舗装林道、数分だろう。

 列車には運行時刻というものがある。
 利用する側の都合で動いているわけではない。



 それでも今日は列車の人となる。

 マッチ箱のような小さな車両、客は少なく1両を独り占め出来た。



 その正体は、旧鉱山の坑道を利用したもの。
 機関車はバッテリーなんだろうか。

 運転手が漁船でも扱うようなスタイルでマスコンを握り、舵でもとるような動きでブレーキを操作する。
 振動も音も、洗練された昨今の列車ではない。だからこそ、乗る楽しみもあるものだ。わずか3kmほど。それがなんと楽しいのだろう。



 列車はトンネルを抜け、温泉に到着した。



 湯治も行われる湯ノ口温泉は外界から遠いこともあり、鄙びた風情がなんとも。
 湯あたりも良く、トロッコ列車に乗らなくてもここにくるだけの甲斐はある。



 運転手が客車を手で押して機関車を付け替える。

 列車には運行時刻というものがある。
 そしてそれを待つ時間というものが出来る。


 列車を好む理由の一つが、その「待つ」という行為。


 たとえばバイクは、待つことの少ない乗り物。渋滞でも待たずに先へ進んだり。自分の都合で動く。
 列車は、自分の都合では動かない。都会のそれではない、地方のものほど「待つ」時間が大きくなる。

 そんな「待つ」時間が時に欲しくなる。

 それは一人の時でなければ難しいことでもある。
 ひとり旅の良さというところはそんな余裕が持てるということでもある。



 レトロな空間がまたそんな時間を作り出してもいる。

 鉄道は地方が良い。ここなどは通常の交通機関と言うわけではないので、ほかの交通期間による影響を受けにくい。
 政権が変わって、道路交通が見直されようとしている。地方の鉄道などが影響を受けることはないか。



 トンネルを抜けた列車は夢の国から帰還した。

 ここに到着してから3時間近くがたっていた。
 バイクで林道を行っていれば、入浴含めて1時間ほどで済んだだろう。



 再びバイクを走らせる。



 南紀はどこを向いても魅力的な温泉でいっぱい。
 近畿最大の露天風呂を持つ渡瀬、川岸を掘れば湯の湧く川湯、壺湯の湯の峰。

 湯ノ口をバイクにしていれば、もう一カ所行けただろう。
 小栗判官湯治の湯の峰温泉は興味があった。だがもうすぐ日が暮れる。



 日の傾きかけた山道を急ぐ。
 ゆっくりしてきた今日。ゆっくりを求めてきた今日。ここにきて時間に縛られる。



 陽のあるうちに海にたどりつけるか・・・



 間に合ったのか合わなかったのか。
 ここが17時で閉まることは知っていたのだけれど。

 白浜温泉・牟呂の湯で今日の活動を終える。

旅は二日目を迎える

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