旅をする大半の人は、「いつか行きたい場所」がある。

時間と共に期待は広がり、その「いつか」を実現したいと願う。

しかし中にはバイクが踏み入れることが出来ない道もある。

そして時代の流れと共にその道を閉ざす事となる道もある。

今年、乗鞍スカイラインはシーズン終了と共に閉鎖される。

厳密に言えば、「マイカー規制による通行禁止」である。

判り易く書けば、現在の上高地や尾瀬ヶ原のようなものだ。

国内で最も高いところにある道路、

その場所へ今回初めて、そして今回で最後の旅をする。


午前2時。熱帯夜の続く市街地を離れていく。

深夜とは言え、トラック街道と化した国道では気が気でない。

無料化された碓氷バイパスを越え、

小諸から松本までは高速経由。

そして日中なら間違い無く渋滞している国道158号線で

奈川村まで一気に進み、舗装の林道を駆け抜ける。

やがて夜が明け始め、鮮やかな青が姿を見せる。

薄いジャケットでは肌寒いほどまでに気温が下がる。

日が昇り始めた頃、長野県側の乗鞍エコーラインのゲートが開き、

乗鞍高原の今日が始まる。


新緑の森の隙間を進んでいく。

細くくねった坂道はぐんぐんと高度を上げていく。

午前7時過ぎとは言え、意外と交通量は多い。

沢山のライダー達とすれ違うこともある。

ここに来た誰でもが、今の心境は同じだと思う。

やがて高度が上がり、森林限界を超え始めたとき、

その先には想像を超える風景が広がる。


朝靄の彼方に見える山脈の数々、

濃い緑で覆われた乗鞍の尾根や谷。

ちょっと厄介な、細くくねった道なりも、

その風景に溶け込み、あって当然のように見える。

標高故に気象の変動が激しく、

なかなか好天に恵まれないとも言われる場所だが、

こうして快晴に恵まれている事にさえ、

ひとつの感激と喜びを覚える。


乗鞍エコーライン(長野)と乗鞍スカイライン(岐阜)の境目、

畳平()にたどり着く。

時間は午前7時、やや強めの風が辺り一帯を吹き抜ける。

周辺には観光客もいれば、登山者もいる。

北アルプス山系は高原植物の宝庫。

ちょっと下った所に遊歩道で散策できる花畑もある。

時期的には夏から秋へと移行する季節。

淡い色をした花畑が、

段々と濃く鮮明な色づきを始めていく。


もう少し周囲を見渡したいと思い、

久々に軽登山をしてみる。

乗鞍周辺では2番目に高いという

富士見岳(2818m)に向かう。

全体を見ることが出来る唯一の場所でもある。

草木の無いガレた登山道を約15分ほど歩けば山頂。

澄んだ空であれば、小さくても富士山を見ることが出来る。

残念ながらそれは叶わないが、

それでも今見ている光景は充分に鮮明だ。


風の流れのように時間は流れていき、

この場所で2時間あまりの『一瞬』を過ごした。

畳平から今度は乗鞍スカイラインのほうへ下りて行く。

何処と無く後悔するような気持ちも有るけれど、

それを振り払うように走っていく。

通行料金にしては高めの感のある1100円を支払い、

乗鞍高原から離れていく。

帰ってきたのは残暑厳しい午後2時過ぎだったが、

今日の記憶は心に留まっていた。


この高原、この山々、そしてこの風景は、

まさに自然が作り出した恩恵である。

が、この場所を通る道を作り上げたのは、人。

通行規制によって環境破壊が抑止されるかは不明。

今の上高地などを見る限り、改善されたとは考えにくい。

ただ、これによって本当に人の流れが抑えられ、

かつての様に戻るのであれば、私達に悔いは無い。

私の最初で最後の旅が、

環境回復への最初の扉になることを期待したい。

文・写真 : 山本賢史

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