File30 なめてしまったネジ

 ある日のこと。
 オーバーホールしたフロントフォークを車体に取り付け、アクスルシャフトを締め込んだ。この車両のアクスルシャフトは、いわゆる割り締めで固定されている。締め付けボルトは2本であった。
 ボックスレンチで締め付けボルトを締める。2本締めの場合、それぞれのバランスが難しいので少しづつ締め込んでいく必要がある。

 そのとき、レンチを持つ右手に、イヤな感触があった・・・

 あっ、と思ったときには既に遅く、ボルトはフロントフォークのアルミ材を嘗めてしまっていた。
 仕方がない、常套手段としては、少し長めのボルトを使って、奥の方に残るネジ山にたよることだ。

 しかし、である。

 なんとこのボルト、M7(!)というとんでもないサイズで、市販性がまったくないものだった・・・インチネジでもなんでも市場に存在するサイズなら入手できるのだが、よりによってM7とは。JIS規格で第3欄に分類されるサイズは一般的には使用されず、もちろん規格サイズのボルトなど存在しないのである。
 こうなってしまったからには仕方がない。欧州車という事情から入手が難しく(それもホワイトパワーのサスペンションですから非常に高価)交換もままならないので、なんとか追加工して使えるようにしなくてはならない。



 手段として一番手っ取り早いのは、ネジサイズを大きくしてしまうことです。
 元がM7でピッチ1の場合、雌ねじの最大径は7mm、最小径は6mmです。その上のサイズとなると、M8になります。並目のピッチ1.25なら雌ねじの最小径は6.75mmですが、一般的に6.8mmの下穴で加工します。
 元の最大径は7mmなので6.8mmより大きいのですが、ネジは山あり谷ありだし、ピッチが同一ではないのでほとんどのネジ山がほぼ問題なく仕上がります。
 また、ボルトのはいるザグリ面は13mmありました。M8の六角穴付きボルトなら、頭の径は13mmですから、なんとか入ってくれるでしょう。



 ここに道具を用意しました。
 ネジの下穴に使う6.8mmのキリ、M8のタップとタップハンドル、割り締め用の通し穴に使う9mmのキリ。そして10mmまでチャックできるコレットの付いた電動ドリルを用意します。
 ハンドドリルの多くは6.35mmまでのチャックのものが多いのです。この場合、6.8mmはなんとかチャッキング出来る場合が多いですが、9mmは不可能です。もし今後ドリルを買おうと思ったときは10mmコレットのものを探しましょう。13mmコレットのものは大きいので、改造工作には不向きですからあまりお勧め出来ません。



 まずは下穴となる6.8mmを加工します。この部位は、アルミダイキャストのボトムケースに鉄のアウターチューブが刺さっている構造なので、手応えを確認しながら加工します。アウターチューブを突き破らない様に細心の注意が必要です。アルミはやや粘りがあるので、キリがすぐに詰まりますから、少しずつ切り込んでいく方がトラブルになりにくいです。柔らかいアルミの方が鉄相手よりキリを折る(6.8mmもあればほとんど折れないですが)危険性が高いので無理はしないようにしましょう。



 下穴加工の次は、通し穴側の加工です。
 割り締め、という手法は上記図の様に、片側にタップを加工し、もう一方にバカ穴を加工して、バカ穴側からボルトでタップ側を引き寄せることで軸穴を緊縛させるものです。そのため、バカ穴側はボルトが自由に動くクリアランスが必要なわけですね。
 そこで9mmのキリが登場します。8.5mm以上あればなんとかなるでしょうが、多少斜めに締まっていくので一般的にM8用のバカ穴として使われる9mmの穴にします。

 どちらかと言えばこちらの加工が難しいのです。加工するのは割りの入ったところまで、それ以上行ってしまってはタップが立てられませんから割り締めになりません。しかしキリには先端に約120度の角度が付いているので、割りの幅から見ると少し下穴にかかってしまうことがわかります。
 しかしこれはあまり気にしなくて良い、というよりは後の加工上都合の良いことでもあります。



 ネジをたてるタップには大まかに2種類があります。
 貫通穴に加工するためのポイントタップと、先止まり穴に加工するためのスパイラルタップがあるので、今回のような場合にはスパイラルタップを使用します。これは折れやすいので、アルミに加工する上では特に注意が必要です。

 M8ピッチ1.25のタップは、外径が8mm、谷径が6.75mmです。
 先ほど加工した下穴は6.8mmで、8mmを切り込むためには少し誘い込みが必要なのです。通常はタップの先端もテーパ状になっているので問題ないのですが、今回の場合は深さをいっぱいまで掘りたかったので、先端のフラットなタップを使用します。
 この際に、先ほどバカ穴加工した9mmのキリの先端が有効になってきます。つまり、120度の面取りがされた状態になっているのですから、誘い込みとして機能するわけですね。

 スパイラルタップは、1回転切り込んだら2/3戻す、といった切り粉排出動作をしながらゆっくり切り込んでいきます。行き止まりになったらなんどか切り込み/戻しを繰り返して穴のどん詰まりであることを確認して終わりです。



 切り粉を全て除去(エアダスターがあると良い。タイヤ用の空気入れでもそこそこの空気が出せますからそれでも役に立ちます)したら、ネジを締め込みます。
 さすがにこれ以上大きなネジは立てられませんから、これが補修限界ということになります。再び嘗めてしまわないように気を付けて・・・

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