三重県随一の観光都市、鳥羽を走る国道が167号線。
かつては伊勢から続いていたのだが、昭和末期に国道が改革され、一部が国道42号線に編入された。
国道番号が変わった道筋の住民からは不満の声も聞かれた。「42号」という字面によるものだ。幸い、私の住む町は167号線のままだ。
その国道167号線を、南側から北上してみよう。南側の起点がいまひとつはっきりしていない。近鉄賢島駅前付近であると思われるが、どこにもキロポストは設けられていない。
どうやら、これにはフェリーが関連するようだ。
かつて、御座から賢島には近鉄観光汽船のフェリーが就航していた。
御座は、国道260号線が港まで来ている。実はそこから海を越え、浜島から再び国道が始まるのだ。それと同じように航路が賢島にも向いていたのだ。台風により座礁したフェリーは、当時の利用状況から、再建を断念し廃止された。味のある航路だったのだが、致し方ない。今でも高速船は就航しているので、航路としては確保されている。いつかは復帰できないものか。
そこで、賢島港を国道167号線の起点と断定した。 北上を始めるとすぐに海からはなれる。海のイメージが強いが、決して海沿いは走っていないのだ。
阿児町で件の国道260号線を分岐する。
いまや、志摩郡阿児町は、鳥羽市をしのぐ町に成長している。市政制度の変更で、いまは市に昇格する人口に満たなくなったが、市としての人口を確保できていない鳥羽市よりもなにもかも進んでいる。立派なアリーナがあり、病院もあり。 阿児から磯部へは、すでにバイパスができているが、今回は無視して旧道を走った。
磯部から、かつての伊勢道路を分岐する。この道を使えば伊勢の内宮までノンストップでたどりつける。軽快なワインディングロードなのだが、如何せん交通量が多すぎて思うようには走れない・・・ことが多い。五知峠は、国道167号線の最高地点だ。ここから鳥羽市に入る。
横には、近鉄の線路があった。これもいまは廃止区間となり、長いトンネルを掘ってバイパスされた。近鉄に買収される前の志摩電鉄当時は、満員の車両が上れなくなったこともあったとか。当時は600Vの低圧電車、力不足に陥るほどの峠だ。 松尾から岩倉へと走るうちに目にはいるのが水中翼船を屋根に乗せたドライブイン「王将」だ。
実は私の家は近所なのだが、さすがにここには寄ったことがない・・・ 鳥羽市の中心地、中之郷桟橋でとつぜん国道は終わりを告げる。
ここから、伊勢湾フェリーが伊良瑚岬まで走っている。その区間は以前は国道259号線と呼ばれて、豊橋まで結んでいた。
これが、国道改革によって国道42号線に編入された。そのことが原因で、この交差点から伊勢方面は、国道42号線になったのだ。 フェリー乗り場は、鳥羽市のシンボル・鳥羽水族館に併設されている。この巨大な水族館は、世界にその名をとどろかせる水生動物の研究機関として、大きな実績を上げている。
さて、アッという間にたどりついてしまった終点。物足りない?
それでは、以前国道167号線であった区間にご案内しよう。かつての北の起点が、この交差点だ。伊勢市古市町になる。
かつてはここが国道23号線であったのだが、今はバイパス開通により県道になっている。その名も「御幸道路」という。 南下して現在の国道23号線とクロスするのが通交差点。「とおり」と読む。
ここから国道42号線になる。
脱線するならば、ここから松阪までの区間は、国道42号線が途切れているのだ。この区間をどうあつかうのだろうか?女夫岩で名高い二見浦からは、伊勢二見鳥羽道(なんというベタな名称・・・)が本来国道42号線だ。が、旧道も国道42号線としているようだ。
そして・・・ そう、これこそが国道167号線であった証だ。
他の標識はすべて貼り替えられているのに、この標識は167号線のままなのだ。
このことでここを167号線である、と主張する気もないが、42号線とよばれることに気をよくしていない向きには、それがひとつの慰めでもあったりする・・・